カルチャー・エッセイ

2007年6月 8日 (金)

シャラポワ、決勝前に完敗。

 シャラポ(いつも僕はこう呼ぶ)が負けた。フレンチ・オープン、セミ・ファイナルでだ。
 相手は、セルビアの19歳、アナ・イワノビッチ。無名だがWTAランク・7位の選手で、クウォーターでは、WTA3位のクズネトゥアを倒してて、実力急上昇中。
  そしてこのセミでは、2位のシャラポを倒した。2セット、69分のゲームで、シャラポは3ゲームしか取れなかった。まさに完敗だ。63 
 またこの2人は、今年冬の東京で対戦している。その時は、シャラポのケガによる棄権負けだった。その時、トレーナーが彼女に施した太ももマッサージが記憶にある人もいるだろう。
 ちなみに、僕はその試合をTVで見る自分をパロったコメディーをYouTube.に送ってて、このブログのサイド・バーにも貼ってるんで、笑いたい人は見てください。たぶん、笑えるはず。
 さて、この試合に戻ると、このココログに掲載されてるフローラン・ダバディーさんのブログにも書かれてるように、このゲームのシャラポのプレイは単調すぎた。
 シャラポは、ハードヒッターが相手だと、それと同じように打ってでて力負けして終わることが多い。彼女の負け試合の1番のパターンと言える。前回グランド・スラム、オーストラリアンの決勝のセリーナ戦でも、そうだった。
 で、そうなる原因は、もちろん彼女のクレイジーな負けず嫌い病にある。
 
 またダバディーさんのブログには、今大会のロラン・ギャロスでのシャラポに関するエッセイがある。それは、ホントに素晴らしい内容で、彼女のテニスに関して知ってるようで、何も知らなかった自分に気づかされた。
 フランス大統領選に関するエッセイもそうだったが、ダバディーさんのブログはいつも何かに対する、新鮮で深遠な視点を与えてくれる。
 これを読んでくれてる方の中に、シャラポがテニス選手として、どこがズバ抜けてるのか知りたい人は、このダバディー・ブログを読んで下さい。 
  ところで、僕はシャラポの大ファンだ。彼女がグランド・スラムで負けると、いつもすごい虚脱感を覚える。
 カラダの中にあった大きな熱がフっと消えてしまったような感じ、自分の中の1部が死んでしまったような感じだ。アホらしくも、僕はそれくらい彼女にイカレてる。最近、イチローの連続試合安打が途切れた時にも、それを感じた。
 まぁ、シャラポの真価はウィンブルドンでこそ発揮されるので、それに期待しよう。

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2007年6月 5日 (火)

奈良の山奥から見える、カンヌのレッドカーペット

Festiva_de_cannes_60th   僕はこの10年ほど、カンヌ関連の映画にとりつかれてきた。なので毎年、CSチャンネルのムービープラスが連日流すカンヌ・レポートを楽しみにしている。で、今年のこの2週間もそれにハマっていた。 最終日。「モガリの森」の面々がプレスの前に登場した。今回、日本映画として唯1のコンペ作であり、そしてこの会見翌日の授賞式では、みごとにグランプリに輝いた映画だ。60回という節目のカンヌで、多くの大監督がコンペに出品した状況で、2位はすごい(グランプリが2位なのは、カンヌならではの皮肉)。 
 で、この記者会見でカントクの河瀬直美は、1つオモシロイことを言った。「100回目のカンヌでは、私はあのポスターの1番上でジャンプしてみたい。」あのポスターとは、このブログにも貼った今カンヌのポスターだ。そこには60周年らしい歴史に残る大監督の面々もいる。
 また、河瀬監督は、この「モガリの森」を撮影する前に、主演の尾野真千子にこんな事を言っている。「この映画でカンヌのレッドカーペットを歩こうね。」そんな事を、奈良の山奥で撮影する前に言ったのだ。


 こういう彼女のトンでも発言は、その地味な見た目と作風(1つも観てないので飽くまで印象だけど)からは全く想像できない。
 しかし、河瀬監督のこの態度は、とてもしっくりくる。60回目のカンヌ・グランプリ・ウィナーとして、とてもしっくりくる。なるほど、獲るべくして獲ったなと思わせるのだ。

 普通に成功した人は、よくこんな事を言う。「まさか、私がこんなすごい賞を取れるなんて思っても見なかった。この世界に入ったのもたまたまだし、ホントに運が良かったです。」みたいな事だ。それは多くの場合、照れ隠しではなく、真実だ。そして、彼らの名声は、あっという間に消える。
 
1方、本物の成功者は、最初の最初から、夢に対してドン欲だ。それをハッキリと狙っている。
 
JohnLennon.が、リーゼントで頭をピカピカさせてた10代の頃、女友達に「トップのトップのトップのロック・スターになってやる」と言いまくってたのは有名な話だ。LeonardDicaprio.やBill Gates.にしても似たような10代のエピソードがある。

 ポイント。本物の夢をつかむための絶対最低条件は、最初から夢を大きく持つという事だ。ウヌボレがなければ、絶対に大成功はない。もちろんウヌボレや上昇志向だけでは全然足りないんだけど、それは夢に向かう道の基盤にはなる。
 河瀬監督に戻ると、「モガリの森」にはきっとそういう彼女のハンパじゃない態度が出ていたんじゃないだろうか。この映画で、カンヌのトップを取ってやるぞという高い志。それが、映画として出ていたんだと思う。つまり、それは自分の創る映画に対して、絶対に妥協しないという態度だ。
Mogarino_mori_2
 
 また、それは独自の圧倒的な世界を築こうとする態度でもある。アメリカ文化では、そういうのをObsession.という。シンガーでもシェフでも野球選手でも、ある独特の世界観を極めてる人に対して、いい意味でObsessive.(取りつかれてる)と言う。そういう人たちのハンパじゃない思い入れは、確実に受け手にも伝わる。この「モガリの森」のように、ロケ地がど田舎でも、低予算でも、キャストが無名俳優でも、伝わるのだ。

 
河瀬監督が日本の山奥での撮影前に、すでにカンヌのレッドカーペットが見えていたのも、そういう確信を持ってたからじゃないだろうか。
 
そして、河瀬の思いは、今回のカンヌ・プレジデントのFrearsを始めとした審査員に伝わった。受賞スピーチで彼女が言った、見えないものの価値。カンヌはこの60年、ずっとそこを基準にして映画を裁いてきた。
 
ウヌボレ、高い志、Obsession.
 
僕もその1人だけど、本物の夢を追う人、果かない人気ではなく尊敬を集める才能を求める人は、この3つを1番、大切にすべきだ。少なくとも、僕はそうしていたい。

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