心と体

2007年7月14日 (土)

僕がBLOGする、あるありふれた理由。

 ココログで、Blog.を始めて2ヶ月だが、我ながら色んなことを書いたなと思う。カンヌ映画祭、レーガン大統領、パリス・ヒルトン事件、ロック・レヴューに、ウィンブルドン報告。そして、次にはヒロシマ・ナガサキの原爆について、長く書いてみようと思っている。
 僕はこれまで、自分の思うまま勝手キママに、時には偉そうに時には事情通的に、エッセイしてきた。なので、このBlog.をのぞいた人は、こいつは1体何様だ!と思うかも知れない。 
 だが、プロフィールにも書いてる通り、僕は何者でもない。ただ、メディア・ライフに生きがいがあり、実人生よりも、ポップカルチャーやニュースの中の出来事について、色々感じたり考えたりすることが多い日々を送ってるだけだ。そういう30代の日本人は、僕以外にも多くいることだろう。 
 そんな、Blog.エッセイを続けてると、1体自分は何のために、結構な時間をさいて書いてるのか?と考えさせられる。その答えはシンプルだ。自分のため、カッコつければ、自分を少しはマシな人間にするために書いているのだ。
 僕の、Blog.では、主に世界で起こったスーパーな出来事を話題にしている。
 だが、僕はそこに、日本で普通に暮らす僕や他の人の日常との本質的な接点をも与えている。どんなに非日常的な記事にでも、僕は自分の心情や人生との何らかのツナガリを与えようとしてきた。
 なので、Blog.を読み返すと、ただのメディア日記以上の感慨が生まれる。自分自身に啓蒙されたような、自分の人格を1つランク・アップさせられたような感じだ。
 そして、僕がその記録を、Blog,に残すのは、顔も名前も知らない他者とそれを共有したいからだ。たった1人でもいいから誰かが、楽しんでくれたり学んでくれるのを望んでいるから。また、僕自身、コメントを通じて、広範なコミュニケーションがしたいからだ。
 ありふれた理由だけど、僕が、BLOG.する理由は、まぁそんなとこだ。Img_005
 僕は世の中の色んな事に、多くの不満や意見を持っている。だが、それを世間へのケーベツやアキラメと共に、自分の頭の中に封印する事だけはしたくない。それがどんなに考えられたものでも、僕の頭にある限り、その考えはゼロだ。誰かの頭やハートに届いた時、初めてそれは何かになる。
僕の、Blog.タイトル。「Maybe it’s Something」は、そんな思いでつけたものだ。
 大分、訪問者が増えてきたが、まだまだ僕の、Blog.は発展途上だ。特に、コメントの量がサッパリだ。長い内容ばかりだからか、もしくは僕の態度が偉そうだからか。皆んな、ちょっとでも何か引っかかることあれば、どんな短い意見や悪口でも、送って下さい。
 もっと、エッセイのテーマを絞った方が、読者を獲得できるのかも知れない。だけど、もうちょっとこの「僕の気の向くまま路線」を続けて様子を見たい。■

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