経済・政治・国際

2007年7月15日 (日)

孤立と自己ギマンの果ての原爆。<前半>

【PREFACE】
 今回の、Blog.テーマは「原爆」だ。ドカーン。これから、2回に分けて、ヒロシマ・ナガサキに落ちた原爆について長々と論文調に書く。ドカーン。1体何のために、僕はそんな事をするのか。大学の単位のためでも仕事のためでもアフィリエイトのためでもなく、このブログに熱心なリピーターがいるワケでもない。
 前回、僕のブログ観について書いたが、そこにもある通り、第1にはジコ・ケーハツのためにやる。自分を少しでもマシな人間にするためにやるのだ。そして、それが誰かの人生観に影響を与えたり、有意義なコミュニケーションに発展したりすればという望みがある。少なくとも、僕は自分の頭の良さをひけらかすために、こんな事を時間かけてやりたいワケじゃない。だけど、もし読んでて、そんなキドリが見えたら“クソ野朗!”というコメントを下さい。
 そして、まず断っておきたいのは、僕は先生や教授や学者でもなく、プロのライターや作家でもないという事だ。ただのシロートであり、昨日も松嶋かえで
のAVを借りてきたような男だ。ただ、僕は今まで、原爆、このヒロシマ・ナガサキに落ちた爆弾について、色んなメディアを通して人並み以上の情報と思考を積み重ねてきたとは思う。まず、これを読む人には、この原爆エッセイが、そんな男の手によるものだと断っておきたい。
【原爆2元論と日米の平行線】
このエッセイのキッカケになったのは、今週号(07年7月18日号)の、ニューズ・ウィークの1記事だ。それは、最近の久間防衛相の「原爆・しょうがない」発言による政界スキャンダルを受け、あらためて原爆投下について検証するという内容だった。テキストは、ネッド・バーネットという1970年代からのキャリアがある、軍事研究家によるものだ。
 僕は今まで、原爆について考えるたびに、Yes.と、No.の波にアップアップとおぼれていた。つまり、こう考えると、原爆は正しい、だけど、こう考えると、間違いだ、といった堂々巡りを続けていた。しかし、このバーネットの記事について考えるうちに、そうなる理由が分かった。
 結論から書けば、それはこの原爆投下が、究極的に2つのポイントで判断されるもので、その2つが完全に相反し合ったものだからだ。
 その2元論とは、理論的観点と人道的観点だ。そして、そこには、アメリカと日本が原爆問題について、いつまでも平行線をたどり、共鳴し合えない理由もある。これについての突っ込んだ意見は、後半に回したい。Nagasaki1a
【日本人の精神遺産】

 Newsweek.のバーネットの記事をキッカケに、上に書いた原爆の2元論に至った。それと共に僕は、理論的観点では、原爆・肯定派、容認派だという態度を固めた。
 もちろん、人道的には認められない。アメリカは、ヒロシマ・ナガサキで人類史上最悪の罪を犯したのだ。僕も、世界で唯1の被爆国に生まれた1人だ。被害者の味わった壮絶な痛みや悲しみや虚しさは、少し想像を働かせば、胸を熱く揺るがすものになる。同じ日本人なら、多くの人が共感してくれるだろう。道徳臭くなるが、それは日本人がどんな時代にも共有すべき、“精神遺産”とでも言えるものだ。
 しかしながら、理論的態度として、僕は原爆・肯定派である。
【過剰殺戮の意思はあったのか?】
 さて、Newsweek.誌のネッド・バーネットによる記事について書いていこう。それは、僕の原爆への態度を変える大きなキッカケになった。とはいえ、2-3文をのぞけば、僕はその内容のほぼ全てに反対だ。
 まず、バーネットは歴史の修正主義派(つまり、原爆反対派)が、時代の観念の変化によって、この原爆投下をとらえてきたという。彼によれば、当時のアメリカは原爆に対して、核という認識がなく、ただの大型爆弾だと思っていた。その被害予想にしても、東京大空襲の延長のようにとらえていた、という。
 つまり、アメリカは過剰な殺戮兵器と知りながら原爆を落とした、という反対派の意見は、戦後に生まれた核不拡散のムーヴメントの中で生まれた、でっち上げだ、と言いたいのだろう。
 だけど、これは明らかにおかしい。核の認識がなくても、当時のアメリカは第2次世界大戦の最終兵器として、原爆を使ったハズだ。“これは人類史上最悪のジェノサイドになるかも知れない” アメリカにはそんな意識があったハズで、原爆投下は、大罪を自覚しながらの行為だったハズだ。
【人体実験の可能性と飢えの懸念】
 次に、バーネットは原爆の実験性を否定してる。ヒロシマの前に、米軍はニューメキシコで実験をしてるので、その意図はなかったというワケだ。が、それはバカげた反論だ。なぜなら、それは人体実験じゃないからだ。原爆が1体、どれだけの人を殺せるのだろうか? アメリカは間違いなく、それを知りたかったハズだ。その実験性を裏付けるように、ヒロシマとナガサキでは、2種類の原爆(プルトニュウムとウラン)が使用された。
 また、バーネットは、原爆によってアメリカが早期終戦を望んだのは、日本人の飢えを防ぐためだったという。戦争が46-7年まで延びれば、民間人の餓死者は、数100万人出たという。だけど、当時のアメリカが日本の食糧事情に精通してたとしても、その考えはあまりにセンチメンタルだ。あれだけ、徹底抗戦してた敵国にそんな同情を持つワケがない。これこそ後の時代になって、でっち上げた空論だ。
  【パワーを求めたアメリカ】Alberteinsteinatomicbomb

  1方で、バーネットは、歴史修正主義(原爆反対)派にとっての最強の意見も取り上げる。 それは、アメリカが戦後、世界の唯1の超大国として君臨したかったため、原爆を使ったという事だ。終戦間際になって、ソ連もまた日本戦に参戦し始めた。そのため、アメリカは戦後の日本をソ連と分割統合したくないと焦り、原爆を落とした。バーネットは記事の中、これにだけは直接的に反論してない。それもそのハズで、これは原爆投下のモチベーションとして、大きな位置を占めるものだからだ。
 そもそも原爆とは、アメリカの力への欲求から生まれたものだった。
 原爆の父とされる、アインシュタインは熱心な平和主義者だった。だが、ルーズヴェルト米大統領から、ナチスが原爆計画を着々と進めているという手紙をもらい、心変わりをした。つまり、悪を止めるには、大きな力が必要であり、それは未来平和への力にもなると考えた。だが、当時のアメリカ政府高官の誰もが、ナチスの原爆実験が失敗してることを知っていた。つまり、連中はアインシュタインをだまして、原爆作りの基礎となったマンハッタン計画に彼を加担させたのだ。原爆の歴史の始まりは、アメリカによるスーパー・パワーへの欲求からだった。それは、戦争抑止や、世界平和とは無縁のものだった。
【世界とソ連への力の誇示】
 そうして、それはヒロシマ・ナガサキへの原爆投下にも反映されている。だけど、果たしてそれが、第1の理由なのだろうか? 僕はそうは思わない。
 そこで先に書いたバーネットの意見が浮かんでくる。歴史的な出来事がその後の時代の流れの中で、歪曲させられる。第2次大戦後、世界は米ソにまっ2つに分かれ、冷戦の時代に入る。その結果論から、原爆投下が、アメリカによるソ連へのイカク、けん制に見えるんじゃないだろうか? このアメリカの力の誇示論も、戦後の流れの中で出て来た、でっち上げ批判じゃないだろうか? 僕はそう思える。
 原爆投下の前、アメリカはすでに西ヨーロッパや太平洋の戦いで、数々の歴史的勝利を収めてきた。すでにそのパワーを世界中に誇示していたのだ。ソ連に対するイカクという事も、原爆への大きなモチベーションにはならない。当時のアメリカは遠い遠い異国のソ連について多くを知らなかったハズだ。そして戦後、ソ連との冷戦時代に入ることは、予測はしてても確信までしてなかったに違いない。 
 【日本における主な否定論】
 特に日本人の原爆反対派の最大の意見は、こうだろう。過剰な無差別殺戮をもたらす核兵器を使用することは、どんな理由があっても絶対に許されるものじゃない。
 または、日本が講和条約の努力をしてたのに、アメリカがそれを受け入れず原爆に走ったというのもよく聞く。まず、この後者の意見は的外れだ。あれだけの大戦争が講和という妥協の形で終われば、間違いなく後々にも戦争の火種を残すことになる。戦争とは次世代の平和のためにも、徹底的にやり合わねばならないものだ。また、日本の敗戦が決定的なのに、原爆を落としたという意見もある。が、これは問題のすり替えだ。原爆は確かに、アメリカの追い討ちだった。だけど、そうさせたのは日本だ。日本こそが、敗戦が決定的な状況でも降伏せずに、戦争を引き延ばしたのだ。
 
  そして、1つ目の絶対的な平和・人道主義とでも言える論に移る。この点で見れば、どう考えても原爆投下は間違っている。これに対し、NW誌のバーネットは、戦争下の道徳というもので対抗している。“戦争下における最も重要な道徳は、被害を最小限に抑えて、戦争を終わらせることだ”確か、そんな文面だった。それは、彼の文面の中で共感できた数少ない1文だった。
 それは正しい。より大きな暴力と被害を未然に防ぎたい時。その時にだけは、暴力は許されるハズだ。つまり、道徳とは、平和時と戦争時では異なるものになる。NWのバーネットによれば、もし本土決戦になってれば、どう少なく見積もっても、アメリカ兵だけで数100万の犠牲が出たという。
 もし、それがでっち上げの計算だとしても、道徳の柱である人命尊重の点で、日本はアメリカを攻められない。なぜなら、大戦中の日本は、アメリカよりも日本国民の命にムトンチャクだったからだ。 
 後半に続く。<リンク>

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孤立と自己ギマンの果ての原爆。<後半>

                          原爆・エッセイ。<後半>
 【思想の闘い?】
 
第2次大戦中、人命の尊重という点で、日本はアメリカよりも日本国民の命に無関心だった。
 もし、大日本帝国のトップたちがマジに自国民のことを考えていたら、太平洋を取られ、本土の制空権を握られた時点で降伏してただろう。その無情さを何よりも伝えるのが、ナガサキの原爆だ。僕にとってそれは1発目よりもショッキングなものだ。というのも、それは日本がヒロシマの大惨劇を受けても降伏しなかったことを意味するからだ。ここまで来ると、何もかもがクレイジーだ。
 が、その流れは、理解できるものでもある。 当時の日本は、死と集団を前提にした神秘主義の国だった。1方、アメリカや連合軍国家は、生と個を前提にした合理主義に貫かれていた。第2次大戦は、このイミで、思想の闘いだったとも言われている。
【日本の自己ギマン】
 しかしだ。日本はホントに神の国だったのだろうか? もし、生きるとは死ぬことにありみたいな東洋思想にハマった国だったら、日本はいくら原爆が落ちようとも降伏しなかったハズだ。
 それこそ、村上龍サンの小説「5分後の世界」みたいになってただろう。このシミュレーション・フィクションでは、5発の原爆が落ちても日本は降伏せず、本土決戦になって大虐殺の果てに大日本帝国は消滅する。だが、その後わずかに生き残った人が地下にゲリラ組織を作り、占領国に抵抗を続けるというのが大筋だ。
 だけど、この話には根本的な矛盾点がある。生存した日本人は過去の敗戦の経験から命の尊重と、科学的戦略を学び、占領軍に組織的な抵抗を繰り返し、世界中から尊敬される存在になる。もし、本土決戦をしなかったら、日本は無知なまま命を尊重できないまま、何も学べなかったかも知れない。といった文面もある。
 だけど、それは反対だ。
 日本は本土決戦をしなかったからこそ、西洋の思想を学べたのだ。もし、度重なる原爆と虐殺の果てに日本が滅びたなら、残されたわずかな日本人の多くは自殺していただろう。なぜなら、大日本帝国は高貴な死の思想の元に滅んだのだから、残された人もそれに従うだろう。そして、日本消滅は、東洋の神秘主義を何よりも伝える、人類史の巨大なピースとなったことだろう。
 だけど、実際はそうはならなかった。日本は、2度の原爆で無条件降伏したのだ。
 という事はだ。日本は、死に根づいた神の国なんかじゃなかったのだ。そのフリをしてただけだ。日本を降伏に至らせたものは、何だったのか? 「自分の頭の上にいつ原爆が落ちてくるか分からない」 お偉方も国民もそういう迫りくる死の意識に、降伏したのだ。1013abomb1
【コミュニケーションと集団幻想】
 じゃあ、日本が自分を見誤っていた原因は何なのか? それは結局、他の国とコミュニケーションしなかったからだ。それこそが、正しい自己認識を生む。だけど、当時の日本は島国らしく孤立したまま近代化し、1時的に生まれた軍事政権の熱狂的な扇動で、「神の国」という集団幻想を持つようになった。
 それが、2発の原爆で吹っ飛んだのだ。
 日本が西洋型の合理主義に順応することは、その後の高度経済成長で実証ずみだ。ドイツもまた本質的に日本と同じ道をたどった。それは、洗脳とか迎合じゃなく、日本やドイツには元から外部世界と共有できる思想があったからだ。それとは逆に、アフガンやイラクでは、いくらアメリカが占領統治し続けても西洋主義が芽生えないが、それは中東の人々にその根がないからだ。
 さて、原爆責任について、考えていこう。
 日本の側にあるという中でなら、その1般的なのは、皇族なり軍事政権の閣僚なりといった1部の人に押し付けるパターンだ。だけど、それはそんなレヴェルのものじゃない。彼らは、突然変異のように生まれ落ち、日本を大悲劇へとミス・リードしたバケモノじゃない。彼らだって日本人だ。その決定や行動には、大多数の日本国民の意思も反映されていた。
 この責任は、壮大なものだ。先に原爆被害への共感は日本人の精神遺産だと書いたが、この責任意識もまたそうだ。当時の日本人はもちろん、それは今を生きる日本人も共有していかなくてはならないものだ。今の日本にだって、戦争時と変わらない集団幻想がアチコチで見れるのだから。
【アメリカの無情さ】
 原爆責任という点で、次にアメリカを見てみよう。先に書いたそのモチベーションを整理すると、世界やソ連への力の誇示と人体実験の意思があった。だけど、第1には戦争下の最高のモラル、最小限の犠牲による終戦の意思がくる。それは、最もありきたりな結論だが、真実だ。
 こういうイミで、僕はアメリカ原爆投下に対して肯定派だ。だけど、それは理論的な観点での態度だ。
 人道的には、アメリカを容認できない。先に書いたように、アメリカの原爆投下は、戦場の道徳で正当化できるものでもある。
 けれど、それは理論上のモラル・バリューであり、シンプルでいて普遍的な道徳には反している。つまり、過剰な殺戮行為である事を知りながら、それが大罪と知りながら、それを実行したのだ。その点で、アメリカは明らかに過ちを犯した。
  しかし、アメリカは、未だに公式に原爆問題で、日本に謝罪してない。すごくクレイジーだ。
 例えば、車を運転してて、危険な飛び出しをした子供をはねたとする。その子は即死した。が、非は明らかに子供にあり、運転者は法的に罪を問われなかった。しかし、その場合でも、運転者は家族に会いに行き、心から謝罪しなければならない。
 要するに、ことの客観的な是非と、道徳的な善悪は別物だという事だ。原爆問題でアメリカは、この2つを混同し、幼稚でガンコな態度を取り続けている。
【日本の無知さ】
だけど、同様の批判が、日本にも当てはまる。日本もまた、原爆問題に関して、アメリカに柔軟な態度を示してないからだ。
 ここで、このエッセイ冒頭に書いた、原爆・2元論に戻る。原爆投下は、究極的に2つのポイントで判断される。理論的観点と、人道的観点だ。そして、これはアメリカと日本の態度とも重なる。アメリカは、常に理論の立場で原爆をとらえ、自国を正当化してる。逆に、日本は人道の立場で原爆をとらえ、自国を正当化してる。要するに、どちらとも原爆に対して有利な立場で、相手国と向き合っているのだ。理論ではアメリカが勝ちで、人道では日本が勝ち。というワケで、いつまでたっても平行線をたどるのだ。
 ここでの解決策は、どちらか1方でもいいから相手の立場に立って自らの非を認めることだ。例えば、日本政府から、「歴史理論上、戦争道徳上の観点で原爆投下を振り返ってみると、アメリカの決断は正しいものだった。」と、公式表明したとする。そうすれば、ほぼ間違いなく、アメリカも柔軟さを見せるだろう。「原爆投下は戦争上不可避なものだったが、人道的観点からは許されないものだった。」みたいな公式声明が返ってきても、フシギじゃない。
 だけど現実は、どっちの国も62年もの時をはさみながら、お互いの有利な立場に引きこもったまま原爆について、真のコミュニケーションを交わそうとしていない。
 【久間ショックに見る、変われない日本】
 久間防衛相の「原爆・しょうがない」発言に触れると、そこにも日本の引きこもりの姿が見える。僕は、キューマ防衛相の原爆発言の要旨を読んだ。読みたい方は、この、IZA.のリンクで。
 それを読めば、彼が理論的観点の中で、「しょうがない」を使ったのが、すぐに分かる。彼は、アメリカの人道上の罪を容認してるワケじゃない。なので、それは決して被爆者や遺族を傷つけるものじゃない。原爆使用の肯定意見であり、それは自由思想の日本では許されることだ。Abre_lo_ojos_1
 けれど、原爆反対派や世論は相変わらずの人道的、被害感情的な立場から、キューマ大臣を1気に叩き潰してしまった。彼らによれば、キューマ発言は、アメリカよりの考えだという。彼らは、理論的観点とそれを完全に混同している。
 キューマ発言は、原爆に対する日本の引きこもり状態を解き放つ、チャンスでもあった。もし、この発言が国民の支持を得て、政府としてアメリカにその意見を伝えたら。先に書いたように、原爆に関する真のコミュニケーションが生まれるキッカケになっただろう。
【青空】
 現代の日本にも、色んなレヴェルで、共同幻想が存在する。他者、他国と心からコミュニケーションしようとしない結果、自分を見誤り、どんどんフリーキーな存在になってゆく。それは半世紀以上前、原爆を招いた大日本帝国の正体でもある。また、それはあらゆる悲劇の本質だ。
 日本は未だに、あのキノコ雲の中にスッポリ覆われているのかも知れない。そんな中で、僕らが少しでも自由になろうとする方法。それは、どんな相手にも、まったくの他人や憎いヤツにも、理解と寛容の気持ちと共に接しようとすることだ。ありふれた答えだが、結局そこにたどり着く。
 キノコ雲を払って青空を見上げるためには、そういう努力が必要なのだ。■

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2007年6月10日 (日)

パリス vs アメリカ

 【PARIS; NO APPEAL!】
Parishiltondrunkdriving 
さて、ムショに戻ったパリスはどうなったんだろう。そんな思いで、日曜の朝のCNNのヘッドラインを見た僕の目に、こんな文字が飛び込んできた。NO APPEAL.ウーン、今日のパリスは、おとなしく受刑生活を送ったってことかい。
 昨日、怒れるアメリカ世論と判事の決定で、彼女は仮釈放を取り消された。そうして、泣く泣くママから引き離されて、再投獄させられた。
つまり、このパリス激動の3-4日を振り返ると、入所、保安官による仮釈放、判事による訴えの棄却、そして再投獄となったワケだ。
週明けの月曜には、今後の刑期の長さが決まる最終裁判がある。つまり、今日は嵐のハザマに当たる時だ。なので、僕は、パリスも今日は静かに時を送ったのか。と思ったのだ。
 が、それは大きな誤りだった。
 アメリカは常に動いてて、またその動きが早い。CNNが言うには、何とパリスは裁判所への訴えを取り消したのだ。APPEAL.にそんな意味があるとは知らなかった。 
 NO APPEAL。これは上訴取り止め という意味だ。ちなみに上訴とは、裁判所の罪状決定に不服がある時、より高いレヴェルの裁判所に訴えなおすこと。
それを知った時の僕は、数秒間、フリーズした。朝食のバナナを口に入れたまま、マヌケづらで固まっていた。それは感動だった。見開いた両目がジワジワと重くなってくる中、僕はTVのパリスに向かって拍手を送った。
 
 NO APPEAL.に関して、パリスが弁護士を通して世間に出した声明文がある。(原文を見たい方は、コチラのウェブ
 その内容は、まず私が、弁護士に対して判事に上訴しないように言ったこと。その判事にパリス仮釈放の決定をくつがえされて恥をかきまくった保安官には、私の健康を考慮してくれてありがとうと、フォロー。
罪を軽くするためにサポートしてくれたファンにも感謝の言葉をかけ、そして最後には、皮肉も付け加えている。 それは、マスコミや世間の人に対して、自分なんかの事よりイラクとかもっと重要なニュースに関心を払ってくださいというものだ。つまり、パリスはこの出来事を、これまでの自分のスキャンダルと同様に捕らえてるようで、彼女らしいボケと言える。これは、立派な社会問題である。
 もちろん、この声明文には、彼女を取り巻くブレーンたちの入れ知恵もある。が、それにしても、この内容は感動的だ。そして、このウェブ・リンク先のパリス声明文にはないが、CNNが紹介した文面にはこうもあった。
[自分のこの過ちから、他の人も何かを学んで欲しい。]

 
875_373344063_paris_hilton0151_h154512_l_2  僕はパリスの大ファンだが、この言葉でパリスがまた戻ってきたように感じた。逮捕からこの大事件に至るまでの彼女は、まったくの別人だった。しかし、この事件に否定的な人たちは、こんな彼女の心変わりにこう感じただろう。
 「何を今さら、いいコぶってんだ。とんでもない批判を浴びたから、上訴を取り下げざるを得なかっただけだ。同情を集めて、刑を軽くするつもりだろう。」
 しかしそれらは全て、マト外れのイージーな批判だ。
 それは彼女の立場に身をおいて想像を働かせば、すぐに分かることだ。もし、他の人が今のパリス状態になったら、その90%以上の人が上訴するハズだ。有能な弁護士がバックにいるワケで、上訴すれば確実に刑期が大幅に短縮される。
 しかし、パリスはそれを拒んだ。それに対しては、彼女がポップ・スターであり、上訴すれば人気は地に落ちて、今後、芸能活動は続けられなくなるからだ、という理由が考えられる。
 それは確かに当たっている。パリスのパブリシスト(アメリカのショウビズ界には、こう呼ばれるスターの人気管理担当のプロがいる)が、この数日のとんでもないパリス・バッシングを受け、彼女に上訴を取り止めるようにアドバイスした可能性は充分にある。
 普通のポップ・スターなら、ここで選択肢はない。大衆人気はポップ・スターの核であり、それを失えば、今後食べていけない。そのため、イヤイヤでも上訴せずに禁固刑を受け入れるしかない。
 しかし、パリスの場合は違う。彼女は大金持ちのお嬢様であり、そもそも大衆人気など気にする必要のない立場にいる。上訴して刑を軽くすればポップスター生命は終わる。が、それでもセレブ・ライフは送れるのだ。


つまり、ここでパリスには、2つの選択肢があった。今後、ただのセレブ・ライフを送るか、それとも今のままポップ・スターでいるか。そして、パリスは後者を選んだ
 PARIS; NO APPEAL.(上訴取り止め)。
 
この決断は、彼女がこれからもポップ・スターであり続けたいという宣言だ。

 彼女は今後、特権階級の1員として、閉じた上流世界で生きることを拒んだ。
 そして、世界中の大勢の人を愛し愛されながら生きるポップ・スターの道を選んだのだ。それこそが、僕の知るパリスだ。
 大金持ちな立場とその圧倒的なルックスによって隠されてきた、彼女の本質もそこにある。彼女は何よりも生まれながらのポップ・スターであり、セックス・シンボルなのだ。

 しかしそうは言っても、パリスは先に1000ドルの保釈金を払って仮釈放の道を選んでいる。それは確かに逃げだ。だが、それは彼女が1番に望んだことじゃないだろう。仮釈放の逃げ道は、彼女の周囲の人間、彼女を愛し巨大な富と権力を持つ人たちが、与えたものに違いない。そこで、パリスはそれがアメリカ中に火を放つことになるのも想像せずに、その誘いに甘えてしまったのだ。
 もし、彼女が自らの仮釈放を1番に望んだ人物であれば、再投獄の判決からたった1日で上訴を取り止めることなど、絶対に出来なかったハズだ。 

 で、今後のシナリオとしては、アメリカはこのパリス収監に関して2分されてゆくだろう。つまりバッシング派と、同情派だ。バッシング派は、相変わらず金持ちの権力乱用という点で彼女をやりこめてゆくだろう。そして、同情派は、有名人差別という点で司法の世界を攻めてゆくだろう。
 アメリカでは昔から、司法とショウビズ界が対立している。司法の世界には、誰かセレブが違法行為をすると、普通の身分の違法者よりも、大きなバツを与えるという伝統がある。それは、セレブを通して、司法の力を世の中に大きくアピールするためだ。同情派は、特にパリスのファンたちは、それを大義名分にして、彼女の刑期短縮を求め続けるだろう。Parishiltonsuntzu
 
  だが、1番大切なのは、パリスの受刑態度にある。もし、彼女が今後、模範囚でいれば、確実に彼女の人気は復活するし、刑期短縮もありえる。
 そして、パリス出所の日には、世界中が温かな眼差しと共に迎え入れるハズだ。この
仮釈放スキャンダルを起こさず、普通に刑期を終えた時よりも大きな賞賛が与えられるに違いない。
 パリスは、こう見えても最近は読書の趣味を持ったという。ちなみにこの写真で彼女が読んでるのは、孫子の「兵法」。なので、受刑中も読書の幅を広げ、おとなしく過ごして欲しいものだ。

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2007年6月 6日 (水)

レーガン meets ゴルバチョフ

Image 最近、ディスカヴァリー・チャンネルで流れてる{緊急治療・レーガン暗殺未遂}を見た。(ディスカヴァリーの番組ウェブは、こちら。)
 それは06年に製作されたもので、タイトル通り、81年、アメリカでレーガン政権発足直後に起こったレーガンの暗殺未遂事件と、その後の病院での緊急治療についてのドキュメンタリーだ。
 それは全く、ファンタスティーック!
な出来で、その後、Wikipediaで、レーガン大統領のことを色々探ってみた。(見たい人はこちら すると、彼の命日が04年の6月5日とある。そして、それはピッタリ今日だった。まったく、ディスカヴァリーも気の利いたことをする。
 この事件の大筋はこうだ。レーガン大統領が、スピーチをしたホテルから出て来て、大勢の記者に取り囲まれながら、リムジンに乗り込もうとした。その時に、大統領に向けて発砲があった。3秒間に6発、3mの至近距離からの発砲だった。犯人は、ヒンクリーという名の青年だった。が、シークレット・サーヴィスの素晴らしいチームワークで、大統領は致命傷を負うことはなかった。それでも、車に反射した弾が大統領のわき腹に当たった。1時間、ほっておけば出血多量で死ぬほどの重症だ。
 そこで大急ぎで、最寄のワシントン病院に駆け込んだ。そして、優秀なERスタッフの活躍で、1命を取り留めた。メデタシメデタシというワケだ。

 この番組で最も印象的だったことは、3つ。
1つ目はレーガンのユーモア。そして2つ目は、ジョディ・フォスターの狂気のストーカーでもあった暗殺未遂犯のヒンクリー。3つ目はこの事件の背後にいるッシュだ。1つ目。レーガンは命に関わる大手術を前に、病院のベッドに駆けつけたナンシー夫人にこう言った。
Honey, I forgot to Duck.(ハニー、<銃弾を>かわしそこなったよ。)」
 ちなみにDuckとは、ハンター用語が慣用句になったもので、ハンターが銃でカモを撃つ時に、カモが首を水に入れてよける仕種から、かわすという意味になった。
 それはまさに笑い泣きの瞬間で、TVの前の僕の目も1気に重くなった。
 そして大統領の命に関わる手術を前にガチガチに緊張したERスタッフに対しては、レーガンはこう言う。
「キミたちは皆んな、
共和党派だろうね。」(レーガンは共和党の大統領)それにチーフ・ドクターは、民主党派でありながら、「今日だけは、皆んな共和党派です。」と切り返した。それで、手術室はすっかり和んだという。ちなみに、僕の涙腺はそこで1気に決壊した。
 また、手術後に駆けつけた息子に対しては、レーガンはこう言った。「オイ、暗殺されそうな日に、新品のスーツは着るなよ。病院に運ばれると、ハサミでズタズタにされるからな。」

 
この1連のユーモアは、あまりにオカシク、かつあまりに
美しい。そこには、レーガンのとてつもない思いやりがある。自らが死の1歩手前にいながら、それを心配する回りの人たちの痛みを和らげようとする。それはまさに、究極のユーモアだ。 なるほど、この人だったからこそ、冷戦を終わらせられたんだ。そうハッキリとナットクした。
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2つ目。犯人のヒンクリーについては、この番組はほとんど触れない。そこでまたWikiで調べると、彼はまず、女優、ジョディ・フォスターのストーカーだった。犯行の1時間前には、彼女宛にラブ・レターを残している。ちなみに、この文面もWikiのリンクで見れる。
 
英語が読める人。また25歳の
変態男が、当時、キャピキャピの女子大生だったジョディにどんなラブ・レターを書いたのかと、好奇心がうずく人は、こちら

 
その中で、ヒンクリーは自分の存在を彼女にアピールし、その愛の大きさを実証するために、自分の1生を犠牲にして、レーガンを殺すといった事を書いてる。で、歴史的にも、それがこの暗殺未遂事件の背後だと決定づけられている。
 が、それはあまりに不自然だ。ストーカーの妄想愛の実証と大統領暗殺は、あまりにかけ離れている。それに対しては、ヒンクリーが精神障害者だったからだ、と片付けられてるのだろうが、大きな疑問が残る。

 
で、その全てに答えるのが、
パパ・ブッシュ(今のブッシュの父親)だ。このディスカヴァリーの特集では、レーガンが殺されて1番得をするのは、ソ連だと言っている。だが、パパ・ブッシュの方がずっと得をするのだ。
 Wikiの記事を見て、色々お勉強すると、当時、パパ・ブッシュは、レーガンの下、つまり副大統領だった。80年の民主党との大統領選挙前、共和党内の指名争いで、レーガンに破れたためそうなっていた。つまり、レーガンには少なからず敵意があったハズで、何より彼が死ねば自分がアメリカを握ることが出来るのだ。
 
そして、暗殺未遂犯のヒンクリーと、ブッシュ家にはあまりに分かりやすいツナガリがある。ヒンクリー1家もまた、テキサスのオイル・カンパニーのオーナー1家であり、またパパ・ブッシュの政治資金団体の大物メンバーでもあった。また、暗殺未遂事件の当日には、ヒンクリーの親父は会社運営上の違法行為で200万ドルの罰金を命じられている。それもパパ・ブッシュが大統領になれば、避けられるハズだ。
 
 つまり、パパ・ブッシュと共に、犯人のヒンクリー1家には充分すぎるほど、レーガンを殺したい動機があったのだ。そこでカンタンに想像つくのは、パパ・ヒンクリーが頭の弱い息子を洗脳して、レーガンを殺るようにけしかけるプロットだ。
 また暗殺現場も、今頃、ムショ暮らしを始めてる
パリス・ヒルトンで有名なヒルトンホテルの前であり、ヒルトンはテキサスから創業されたホテルだ。
 要するに、9.11と同じく、このレーガン暗殺未遂事件も、ブッシュ家の陰謀が大いに臭うものなのだ。けれど、もちろんアメリカの歴史はそれを認めない。物的証拠がないからだ。まさにアメリカ、まさに政治の世界だ。ケネディ暗殺でも、9.11でもちょっと想像を働かせば、陰謀のプロットがハッキリ浮かぶことだ。9.11に関しては、未だにアメリカ人の大半は、それがアメリカの1人芝居だったということを真剣に考えようともしない。

 話、戻すと、レーガンはそんなブッシュ家の陰謀には沈まなかった。彼は暗殺未遂事件から生還し、70歳代でありながら、その後、8年の政権を握った。
 その最大の成果は、やはりゴルバチョフとの友情がもたらした冷戦の緊張緩和だ。レーガンとゴルバチョフが同じ時代に2大超大国のトップとして出会ったのは、奇跡に違いない。それは、ビートルズのジョンとポールの出会いと並ぶ、20世紀史上の最高の巡りあいだと思える。C3198211_2
 そこで思うのは、もしヒンクリーがレーガンを殺していたらという事だ。
 まったくゾっとするが、アメリカはパパ・ブッシュの手に渡っていた。ソ連の崩壊は、必然的なものだったけど、もし、2超大国のトップ同士の友情がなければ、ソ連はあんなにも平和的に終わることはなかっただろう。何しろ歴史上初めて、1人の死者もなく世界の主要国の革命が成功したのだ。
 パパ・ブッシュがアメリカのトップなら、もっと世界中をグチャグチャにして崩れ落ちてたことだろう。まったくゾっとする。
  今はG8サミット直前で、アメリカとロシアは冷戦に戻ったかのような仲になってる。まさに両国の歴史上最悪のトップならではの事態だ。
 レーガンは冷戦を加速させもしたが、ゴルバチョフの歩み寄りを受けて、彼と同じくらいの親愛を敵国のソ連に向けた。今の時代、この2人の友情はあまりに輝いて見える。■

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