音楽

2007年7月28日 (土)

“LIVE EARTH” ウェブ体験記。

【RIZE, the ONE for me】

前回Blog.に引き続き、今回も“Live Earth”について。ライヴ・アースとは、07年、7月7日に全世界6カ国、9都市で行われたライヴ・イヴェントで、気候変動の防止をテーマにしていた。
 この1週間ほど、MSN.のフリー・ウェブ・サイトで、(見たい方はクリック)“Live Earthのステージをちょこちょこチェックしていた。僕は、その100人以上の参加アーティストの約1/3、有名所のライヴだけを見てみた。
 その中で、僕的、No-1.は東京のRIZE.(ライズ)だった。だけど、別に日本びいきしてるワケじゃない。何より、RIZE.のライヴは、このLive Earth.のステージで見るのが初めての事だった。Ny_kanye_getty_400
【世界のパフォーマンス】
 もちろんRIZE以外にも、すっばらしいパフォーマンスはいっぱいあった。
 100m、9秒台くらいの全力疾走の中で1つも息切れせずにラップするKanye West.Touch the Sky.)。
 野獣のようにギターを弾きながら、Mother Fucker!と叫ぶMadonna.Ray of Light.)。
 絶対聴いたことないようなフリーキー・アレンジで酔っ払いロックするDave Mathews Band.Too Much)。
 動物のオブジェや着ぐるみの子供たちによる、ブラジルらしいイノセンスなステージで唄うXUNAお姉さん(Tesoura Sem Fim)。
 マグニチュード7くらいの震度でストリップティーズな(オッパイ見せて欲しかった)ベリーダンスを見せるShakira.Hips don’t Lie.
 黄金タイツの足をきらめかせ、Janis Joplin.のようなハスキークールな声で唄う、久々に現れた本格派ギターガール・KT Tunstall.Black Horse and the Cherry Tree.
 ギター好きなかせなスゴテクをひろうしまくる、John Mayer.Belief エド・サリヴァン顔負けの大迫力ロックバンド紹介をこなしたLive Earth.のドン、Al Gore.。(紹介したBon Jovi.を完全に食ってる)
 Aretha Franklin.BONOでも開けられそうにない扉を開いて、ロック最高潮次元の声でうたいまくる、Kelly Clarkson.Since U been Gone. 自分の目で確かめたい方は、パッセージ中の曲名をクリックして、MSNで無料ライヴ視聴して下さい。Ny_kellyclarkson_ap_400
 【サイテーな世界の1般評】
 僕にとって、RIZE.のライヴは、こんなバケモノ天才軍団の上を行くものだった。ちなみに、2位はKanye. 3位は、Kelly.だ。
 また、MSNのウェブでは、ファンによるベスト・ライヴ投票があり、ボン・ジョヴィ、ポリス、スマパンなどがベスト5に入ってた。彼らに共通してるのは、最近再結成された元ビッグ・バンドだ。サッカー選手のロベルト・バッジオがよく言ってるイタリアのことわざがある。“冷めたスープを温めなおしても、元の味には戻らない”この3バンドはまさにそれ。僕には、彼らの叫びは、ただ空しかっただけだ。
 Alicia Keys.も新聞雑誌でよく取り上げられてたが、明らかに過大評価だ。テンションだけは異様に高かったが、それが彼女の本質的な無個性さをさらけ出す結果になっていた。

【ロックとチャリティーは矛盾しない】

 RIZE.. 彼らが最高だったワケは2つある。1つ目は、Live Earth.のテーマをパフォーマンスにうまく融合していたこと。2つ目は、観客との圧倒的な1体感を作り出したこと。
 1つ目は、“HEIWA.”のパフォーマンスを見れば1発で分かる。ヴォーカルJESSE.(ジェシー)は、そこで平和のメッセージを伝える。ただ、口にすれば超恥ずかしいその文句も、彼のラップにかかれば超クールなものになる。このLive Earth.の中心地だった、London.NY.のステージを見ると、このRIZEのようなAttitude.MadonnaHey You.をのぞけば、存在しなかった。
 アーティストの核はエゴで、政治アクティヴィズムの核は博愛。なので、チャリティーライヴでも、アーティストが博愛を訴えればそれはウソになる。大物アーティストには共通してそんな思いがあったハズだ。なので、彼らのステージでは、メッセージはディカプリオなどのセレブが担当する構成だった。
 しかしだ。RIZEのステージを見れば、それがアーティストの逃げだという事が分かる。RIZEがそれに思いっきり成功してるからだ。結局、大物アーティストたちは、自分のライヴにLive Earth色を入れることのリスクを避けたに過ぎない。RIZEはそのリスクを克服している。
 その成功の最大のポイントは、JESSE.が常に怒ってるからだ。彼はマジギレしながら、平和や博愛を唄っている。そのアグレッシヴなAttitudeがチャリティーライヴに伴う偽善性を吹き飛ばしている。また、JESSEが時折見せる優しさや誠実さも、その怒りがあるからこそ真実味を帯びて伝わる。Jap_rize1_getty_400_1
【大和魂!】
 2つ目の観客との1体感は、ラストの“STAND UP!”を見れば1発で分かる。JESSEはとちゅう、ステージから飛び降りて客席をへだてる柵に上り、怒鳴り声で唄う。「生きてんなら、息してんなら、行動しろ!」そう叫んだ後、彼は死んだように後ろに引っくり返る。世界中であったLive Earthのステージで、ここまでアーティストが観客に魂を捧げた瞬間があっただろうか? 100m、9秒台の全力疾走ラップを見せたKanye WestでもこのJESSEの姿には、頭を下げるかも知れない。
【RIZE EARTH with LIVE EARTH】
 まぁ、とにかくJESSEの才能によって、こうしたことが成し遂げられた。僕はこのLive Earthで初めて彼の歌をじっくり聴いたが、圧倒的な才能だ。Green Dayのようなメロディアス・パンクな唄い方、またデス・ラップな爆発ヴォイス、またはギャングスタ・ラップ。彼はそれらをうまく使い分けてて、まったく飽きさせない。
 ただ、大きな穴としてポップセンスやフェミニズムの欠如がある。つまり、いかにも日本男児印のハード・コア・バンドなのだ。そこに、Dragon Ash.のような人気までは得られない理由があるだろう。けれど、JESSEボディーの妥協なき過剰Tattooを見ると、彼ら自身がそれを望んでないことがハッキリ分かる。
 
 とにかく、僕にとってこのロックの歴史的イヴェントは、“RIZE Earth”と呼べるものだった。
 このLive Earth。世界的には、ボン・ジョヴィの復活がメイン・イヴェントだった。けれど、この50前後になってまでチワワみたいな顔したオッサンがいったい何をやったというんだろう。地球のためにRIZEが千の風車を建てたとしたら、ボン・ジョヴィがやったことは、タンポポの花を1つ植えたくらいのものだ。■

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2007年7月21日 (土)

マドンナとジョン・レノンに見る世界の変え方。

  07年、77日。
 この7が3つつく日に、世界では何があったか、皆さんご存知でしょうか?
 答えは、“Live Earth.
 Mr.G.W.Global Warming<地球温暖化>)こと、アル・ゴアがオーガナイザーを務め、“Climate Change.(気候変動)”をテーマに、世界6大陸、9都市を舞台にして行われた.ライブ・コンサートの事だ。参加アーティストは100人を上回り、イギリスでは、Madonnaに、レッチリ。ドイツではShakira。南アフリカでは、Joss Stone. NYでは、Kanye West.そして、京都の東寺では再結成されたYMO.が、コンサートをした。それは、世界10億人以上の人が、何らかのメディアを通じてライブ視聴したと言われ、ネットの動画ストリームでは900万の利用者が出たそうだ。MSNのサイトでは、まだ無料視聴をやってて、見たい方はこちら

 要するに、Live Earthとはその名の通り、地球イヴェントだった。しかしだ。僕がそれを知ったのは、それから1週間以上が過ぎてのことだった。確かに、僕がその間、世界のニュースにアクセスしてなかったのも悪い。だけど、ちゃんとしたメディアがある国なら普通、こんなニュースは大々的に取り上げるワケで、誰もが自然にそれを知らされるハズだ。
 だけど、日本は数少ない普通じゃない国の1つだ。ライブ・アースに対する日本の主要メディアの反応はよく知らないが、どこも大きく取り上げなかったのは目に見えている。2年前のこれまた地球イヴェントな“Live-8.”の時もそうだった。しかも、その時も今回のLive Earth.でも、日本は参加国の1つだった。
 とにかく、日本ではボ----っと暮らしてると、世界からおいてきぼりを食らうことになる。

 Live Earth.この地球ライブのテーマ・ソングは、マドンナの歌う、“Hey You”だった。下に置いたのは、そのYouTube.用に送られたPVだが、すばらしい曲だった。というワケで、皆さんもどうぞ、ご覧あれ。
 
 これは基本的に気候変動へのアクションを促す歌で、ワールド・ワイドなメッセージ・ソングらしく、リリックはシンプルな英単語でつづられた分かりやすいものだ。
 そして、最大のポイントは、この曲が、環境派な人々に対する仲間内ソングじゃないということだ。歌を聴けば分かるが、タイトル“Hey You”のYou とは、環境活動への懐疑派を指している。つまり、この曲のテーマは、彼らに対してエコ精神や博愛を目覚めさせようとする事だ。そこには、いつも世界に変革を求めるMadonna.らしさがある。
 そのHey You.のある、YouTube.ボックスのコメントらんを見渡すと、アメリカにはいかに懐疑派が多いかが分かる。“手遅れだ。” “ポップスターや政治家が知名度を上げるためにでっち上げた、ムーヴメントだ。” はたまた、“地球を救うというスローガンには、人間のゴーマンさがある。温暖化が進んでも地球は全くOK.で、人類が絶滅するだけだ”といった、自然主義的ニヒリズムまでがある。
 Madonna.はそんな連中に、Hey You!と言ってるのだ。けれど、マドンナ自身にもエコへの懐疑がなければ、こういう曲は作れない。彼女は心の闇に潜むそんな彼女自身にも、Hey You!と言ってるに違いない。Zfablove
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 そこで、僕は、ジョン・レノンの“All You need is Love.(愛こそすべて)”を思い出した。
 これはビートルズ時代のJohn.の名曲だ。そしてこれは、“Our World.”という人道企画の元、BBCの衛星中継を通して全世界にライブ・パフォーマンスされた曲でもある。世界26カ国、3億人以上がTVで見たと言われるもので、当時のメディアとして世界初の試みでもあった。
 つまり、このAll You need is Love.は、今回のLive Earth.でのマドンナの“Hey You”とほぼ同じ状況で作られた曲だ。そして、その曲作りの姿勢も共通している。
 これは甘々なラブ・ソングとして有名で、日本でもひどい誤訳、誤解を受けている曲だ。実際、そのリリックはAll You need is Love.という1文をのぞけば、愛への否定的態度に満ちている。
“作られてないものを作ることは出来ない。救えない人を救うことは出来ない。でも、自分の時間に浸ることは出来る。そっちの方がイージーだろ” シンプルに訳せば、こういう詩が唄われている。そして、その本質には、世界を変えることへの絶望と、自分だけの世界に逃げ込むことへの誘惑がある。
 John.はそんな文句を並べた上で、All You need is Love!(そんなお前に何より必要なのは、愛だ!)と叫んでいる。だからこそ、この1フレーズは強烈に響くのだ。
 この1曲は、そんな孤独の最果てに落ちた人々にこそ向けられている。そして、John、自身にもそんな自分があるからこそ、
こういう曲が作れる。つまり、All you need is Love.You.には、彼自身もふくまれている。John.はこの曲を自分自身への警鐘としても作ったハズだ。
 
 そこに、Live Earth.のために、Hey You.を作ったマドンナとの共通点がある。要するに、John.Madonna.も、博愛という甘いテーマを打ち出しながら、それに対して否定的な自我があることを暗示させている。その上で、それを克服することを多くの否定派に、そして自分自身に訴えている。
 そういう自我の葛藤の中に、本物の愛や誠実さがある。ジョンとマドンナ。この2人に対して、ポールやセリーヌ・ディオンなんかのラブ・ソングが浅はかなのは、何の抵抗もなく愛を歌い上げているからだ。また、それは日本で流行る大半のラブ・ソングにも言える。
 世界平和やエコが、人類の歴史上、正しい選択なのかどうかは分からない。ただ、少なくとも世間のニヒルな流れや、自身の無気力さに身をまかせるよりかはマシだ。真実とは、そういうイージーな方向には絶対ない。
 John Lennon.Madonna. 彼らは、世界に変革を促しながら、自分に対しても変革を迫るアーティストだった。■



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 P.S.

 これはMadonna.本人のブログの1記事、“It's All an Illusion”に貼ってあった図です。左が怒ってる人で、右が冷静な人に見えるハズです。だけど、PC画面から2-3mほど離れて見ると、あらフシギ。それがスイッチして、見えるハズです。
 マドンナによると、グラスゴー大学の人(たぶん教授だろう)による発明だそう。彼女はこれに対し、私たちが普段、見ているものが確かじゃない事の証明だわと書いている。世界の価値観をひっくり返し続ける、彼女らしいブログ記事で、まったく感心、感心。あ、でも、目の悪い人には、スイッチして見えないかも。どうなんだろうか?■

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2007年7月19日 (木)

魔女と悪女のサマンサ

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木村カエラのニューシングル、“SAMANTHA”が発売された。とはいえ、僕はCD.を買うつもりはない。なので、これはアフィリエイトなレヴュー記事じゃない。
 買わないのは曲が気に入らなかったワケじゃなく、僕はNapster.の登場ぐらいから、CDそのものを購入しなくなった。それはオーゲサに言えば、1握りの強欲な所有者を優遇する社会への反逆精神でもあり、連中が世の貧富の差を広げてる元凶だ。だけど、1般的に見ても、i-Pod, i-Tunes, 革命後、CDレスな流れが主流になりつつあり、いい時代になってきてる。このまま、ハイテクが進めば、アーティストと受け手の間にミゾがなくなり、インタラクティヴィティーが高まって、文化がどんどん豊かになってゆくだろう。その1方で、何かを所有してるというだけで、莫大な富を得てる連中は消えてゆくだろう。
【サマンサ違い!】
 と、いきなり横道にそれたが、今回は、カエラのニューシングル、“SAMANTHA”と、彼女についてのエッセイ。 僕はカエラの大ファンの1人だ。この曲のタイトル、“サマンサ”について、何かでアメリカのTVドラマの人気キャラから来てると読んだ。そこで、僕の脳内Google.サーチをすると、“Samantha Jones.”が引っかかった。彼女は、アメリカ・HBOの人気ドラマ、“Sex and the City”に出てくる4人のメイン・ロールの1人だ。キム・キャトラル演じるサマンサはとにかく、ファニーでボムシェルでビッチな役所で、4人の中でも圧倒的にキャラ立ちしてる。で、僕はカエラのこのサマンサも、彼女をモデルにしたものかと勝手に思い込んだ。
 「そういえば、長く延期されてた、SATCの映画版もこの夏にクランク・インするというし、カエラ、それに合わせたんかな。そうか、じゃあ、ニューシングルはエッチでエッジーな曲になるのか」などと思っていた。それから、YouTube.で、SAMANTHA.PVを見た。(下にYouTube.ボックスを置いたので、見たい方はどうぞ)
  するとその予想、また、そのポスターでグっと拳を握って2の腕のタトゥーを披ろうしてる迫力の彼女とは正反対の曲だった。まったく可愛らしいかぎりで、それにはポアンと口を開くしかなかった。「いったい、なぜ」そう思ってると、そのPVとリンクしたVids.に、カエラ本人がサマンサについて語るVids.があり、それをクリックした。そうして、やっとこの“Samantha”が、「奥様は魔女」のサマンサから来てるのを知った。それにしても、カエラ、あんたいくつなんだよ! 1つ世代上の僕でもそのアメリカの古典ドラマは見たことなく、最近何かで再ブームにでもなったのだろうか? にしても、SATC のサマンサへのオマージュ・ソングだったらと思うと、そっちの方が絶対いい!と思える。Baloon
【パイオニアなカエラ】
 曲レヴューすると、<★★★☆☆>という所。
 最初に聴いた時は、NO―――!という程に甘いものだが、聴くほどによくなってくるテイストもある。スウィートなメロディーとエッジーなビートが、1つに調和されたグルーヴになってて、まさにカエラ印の1曲とも言える。ポップ・パンクな曲をここまで上手く作れる女性シンガーは、今も昔も日本ではカエラだけだ。それ以前に、Avril Lavigneがそのマーケットを作ってたとはいえ、その点でカエラはパイオニアだ。彼女のファン層が老若男女と広いワケも、そういう柔軟さがあるからだろう。僕にとっても、彼女は日本で今1番お気に入りなアーティストだ。
 にしても、この、“SAMANTHA”では、キュート・テイストが強く、Snow Dome.以来、どうもそっちに流れすぎててバランスが悪い。カエラの今年のモットーは女性的になる事らしいが、音楽面で言うと、それは単にアイドル路線との妥協となって出て来ているように感じる。
【曲のコンセプト】
 またこの曲について、カエラは自らの、KAELABLOG.でこんな事を書いてる。(読みたい方は、コチラ
“これは、ダメ人間についての曲。人が自分について知れるのは、わずかなことで、多くは他人との関わり合い、ぶつかり合いの中で学んでゆくもの。そうやって自分を知ってゆかないと、自分を美化してしまう。それと逆に、自分のダメさを受け入れたら人の痛みが分かって、人に尽くす人間になれる。そんな願いがあって、この曲を書いた。”
 要約すれば、こんな感じだ。それはちょーど、僕が最近書いたブログ、パリス事件や原爆についてのエッセイの1st.テーマとも重なる。要するに、個人でも国家のレヴェルでも、コミュニケーションの喪失が、自己ギマンや自己神秘化を生み、それと現実のギャップがあらゆる事故や悲劇の元になっているということだ。
 また、カエラがサマンサに込めたこの思いは、人の心にとって最も大切な核でもある。とにかく、ここさえ注意しとけば、長い人生を歩む中で大きく道を誤ることはないとも言えるもんだ。
【多才なカエラ】
 また、カエラのBlog、には、こういう深い内容のエッセイが多くあって、30男の僕もいい勉強になる。カエラはあんなにパンクで可愛いのに、同時に物事をこんなに深く感じたり考えたりして、それを自分の言葉で表現することが出来るのか、と思わされる。最近はギターも弾くし、ステージ・ダンスも上手くなってきた。神様はこの小娘に、2ブツも3ブツ4ブツも与えたワケで、まったくいい加減にしろとも思えるけど。また、芸能人ブログの大半はゴースト・ライティングの産物だが、カエラ・ブログの内容は彼女のインタヴューやリリックにも反映されてて、何の疑いの余地もない。Kim
【どっちなんだろうね】
 先に、このニューシングル、“SAMANTHA”のモデルを「セックス・アンド・ザ・シティー」のサマンサにして欲しかったと書いた。けれど、こんなコンセプトを考えると、SATC.のサマンサでは成り立たない。カエラはこの曲の中で、奥様は魔女のサマンサを、優しく強く大きな女だと唄う。
 1方、SATCの悪女、サマンサは、6シーズンのドラマの中で、計100人以上の男とセックスしたと言われる。その意味で、彼女は素晴らしく大らかだ。だけど、その1方で、SATCの映画版が3年も延期されたのは、サマンサ役のキム・キャトラルが、S.J.パーカーよりギャラが低い事を理由に契約しなかったためだと言われてる。性的大らかさと、精神的大らかさ。いったい、どっちが上に来るもんなんだろうか?■

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2007年6月23日 (土)

人気が落ちないミュージシャンへのちょっとした考察

Achtung_gallery_1 【僕なりの、Rock/Popワールド分析】
 White Stripes.の6枚目のアルバム、“Icky Thump”が最近、6・20.にリリースされた。Stripes.にとっては、結成10周年を記念する特別なアルバムだ。僕も今日、CDショップでそれを視聴した。で、結果は、5つ星評価で、ズバリ、<★★.> 
 5年前から、僕はStripes.の大ファンで、Fell in Loveth a Girl.や、Denial Twist.のような超早口・ソングでも、空で歌える。これが出来るようになるには1曲で3日くらいのアホな時間の浪費がいる。けれど、いったん覚えてしまうと、それからどんなに時間がたっても歌えるので、カラオケで異色のヒーローになれたりする。
 それはさておき、そんなStripes,ファンの僕も、この“Icky Thump”には、ガッカリした。で、その理由を探ってると、なにぶん突き詰めて考えてしまう暗いタチなんで、ロック・ポップ界全般のことまで考えさせられた。そんなワケで、ここでちょっと哲学めいた音楽エッセイを書いてみたい。
【Icky Thump.レヴュー】
 まず“Icky Thump”について書くと、ダメな理由は、Stripes,が変化を意識しすぎているからだ。確かに、彼らはこの10年、極めつけのシンプリシティーとでも言えるスタイルを変えなかった。なので、さすがにこの辺で、リスナーへのイメージを変えねば!!!という危機感を持ったんだろう。
 アルバム全体を通して、特に1st・シングルの、Icky.や、アルバム中の、Conpuest.では、今までのStripes.ワールドにはなかったエキゾチックな楽器や歌声が聴ける。だが、その変化はハンパだ。じゃあ、本来の魅力はあるかと言えば、2nd・シングルの、Effect and Cause.の中にそれを見出せる。が、それもまたハンパなのだ。
 要するに、この“Icky Thump”に見える、Stripes.は、過去の偉業と新たな変化の間にはさまれた感じなのだ。それは、とてもアイマイだ。
 世の中には、根本的に変化する必要のない偉大なロック・バンドがある。Stripes.もその1つであり、まったく何で変化の意識をこんなに前面に出したのだろう?

【魂の新陳代謝と、最先端のソフト】Avrillavigne
 さて、ここから思いっきり抽象的になるが、ポップ・ロック界の巨人たちのあり方を見ると、ある共通したルールが浮かび上がってくる。
 それは“変化させない部分” と “変化させる部分”をうまくコントロールしてるという事だ。
 うまい人たちの例を挙げると、White Stripes.Avil Lavigne.U2.Madonna.そして、Stones.だ。
 そして、ダメな例は、Alanis Morissette.Pearl Jam.Oasis.とこっちの方は、上げてゆけばキリが無いほどに、大勢いる。
 まず、変化させない部分は、どこなのか? 
 それは、そのアーティストの最も根本的な部分、つまり、SOUL.だ。アーティストは、作品の発表ごとに魂レヴェルでの新陳代謝が必要で、その鮮度をキープしなければならない。
 Stones.は60年代から音楽的に何も変化していない。けれど、いまだにシングルを出すたびに世界中をトリコに出来るのも、彼らのSoul.が常に変わらず、新鮮だからだ。そして、それが彼らの音楽に普遍性を与え、いつの時代でもロック出来ることになる。
  1方、Alanis.や、Pearl Jam.といった天から転げ落ちた人たちもいる。それは、やはり魂が古びてしまったからだ。
 魂、そんなもんどうやって見るんだ? と言われても答えはない。が、それはアルバム発表前の先行シングルに1番表れるもんだと思う。それを聴いて人は、直感的に「あ、まだこの人、全然イケてる。」とか、「あー、何か飽きたなぁ」と感じる。ほとんどのリスナーは、無意識的にそんな魂レヴェルの判断で、シングルを聴き分けていると思える。 Avril.とか、Stripes.とか先に上げた勝ち組の皆さんは、アルバムを発表するたびに、まずその先行シングルを決まって大ヒットさせている。
 次に、変化させる部分について。それは、スタイルだ。いくら魂があっても、スタイルがともなわねば新鮮な印象は与えられない。新たなスタイルは、時代ごとの最先端のソフトを吸収する事で生まれる。U2
のVertigo.があんなに大ヒットしたのも、i-Pod.という新たなライフ・スタイル・ツールと融合していたからだ。また、思想や世界情勢など、精神レヴェルのソフトの吸収も大切だ。
 そこら辺を1番うまくやってると思えるのが、Madonnna.だ。彼女がいつの時代でもティーンをダンスさせられる理由。それは、彼女の新鮮な魂が、普遍的なダンス・ミュージックを生み出し、そこに時代のスタイルもふくまれているからだ。

P3052414m 【惰性とカラッポが核になった、日本文化】
 要するに、世界のPop/Rokc.界のトップを走る人たちは、いつも魂が新しく、時代ごとにソフトを入れ替えている。
 ただ、日本の音楽業界を見ると、話が違ってくる。そこでは、古びた魂や古びたソフトのまんまでも、ホットでいることが出来る。
 その1例として、宇多田ヒカルやミスチルが上げられる。彼らもかつてはピカピカの本物だったのに、その後すぐに色あせてしまった。もっと時間を取って、魂とスタイルの新陳代謝を待てば良かったのに、過去の栄光に浸ったまま、同じような曲を出し続けて魅力を失ってしまった。
 別の例として、長渕剛がいる。彼の場合、いつも魂だけは十二分にあるし、最近はファッションも洗練されてきた。だが、その中身が今の時代の精神ソフトとかけ離れている。つまり、彼の心はいまだに昭和時代に留まっている。
 または、矢沢やB.に象徴される面々もいる。彼らは最初から軽薄なスタイルと商業コードだけのアーティストで、カラッポの魂のまま変わらずトップを走り続けている。
 こういったトップ・アーティストたちは、特に日本に多く見られるものだ。そして、それはこの国が新しいものよりも、惰性や空虚さを文化の核としている事を伝える。
 
 特にアメリカの音楽市場は、アーティストの魂とソフトの新鮮度に敏感だ。ちょっとでも古さを感じさせると、すぐに切られてしまう世界だ。Stones.を見れば分かるが、それはもちろん年齢とは無関係だ。いったいそれをずっと新鮮に保つ秘訣とは、何なんだろうか? 好奇心?体力?富? いろいろ考えられるが、それはまさに、神だけが知る領域だろう。■

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2007年6月21日 (木)

ホワイト・ストライプス、絶対次元のロック。

The White Stripes.6th Album.【Icky Thump】 がリリースされた。
 それに引っ掛けて、ちょっとしたStripes.エッセイを書きたい。
 最近のStripes.情報として、このニューアルバムのプロモで、New Yorkにある、Fillmore East.という有名なホールでライヴをやった。それは、Rolling Stone.マガジンのホームページのヘッドラインで見ることが出来る。 
(リンクはこちら)1514796915147971large
 そのライブ・レポートによると、全米発売日の6月18日(日本はたぶん20日)の翌日の事で、演奏リストにはもちろん、Icky Thump.もあった。この全く耳慣れない熟語は、スコットランドの方言で、「It‘s all right!!! 」みたいな意味らしい。Jack.も、Meg.もスコティッシュなお家柄。で、他の演奏リストは、Hotel Yorba. Jolene. I just don’t know what to do with myself.などのStripes.定番ラインだ。
 おもしろいのは、Meg.姉さんが「In the Cold Cold night」を歌ってる事だ。迫力のドラミングの最中に、ユッサユッサと揺れる巨乳を眺めるのも
OKだが、僕はMeg.姉さんがライブで歌う姿が大好きだ。彼女は毎回、ライヴの間、Jack.からたまに「姉さんも歌いなよ」と振られる形で歌うことになる。
 それは、John Lennon.のライヴでのYoko Ono.を思わせもする。どちらも、いいアクセントになるが、2人の歌い方は対照的だ。夫に負けるか!と
迫力たっぷりに歌うYoko.に対し、Meg.はいつも恥ずかしそうに歌う。そのキュートさがたまらない。それが見たい人は、サイド・バーのYouTube.Vids.をチェック。
 
 Rolling Stone.のレポートに記事に触れると、Stripes.はまったく変わってなかったという。前回のアルバム発表から2年の間、Jack.は、Nashville.に引っ越して、モデル妻との子育てに励んだり、Raconteurs.というサブ・バンドをやったりしてた。(しかし、このバンドを見ると、いかにStripes.がキャラ立ちしてるかが、1発で分かるね)
 そして、今回このアルバム「Icky Thump」と共にNYでライヴをやったワケだが、相変わらずStripes.は多くの“No Rule”に基づいていたそうだ。
 姉弟ではないことを認めない。ドレス・アップはしない。ベースは使わない。他の人とプレイしない(Stripes.としての意味だろうから、Jack.がRaconteurs.をやったことは違反にはならんのだろう)。それは、今も昔もこの2人が、いかに他のオーゲサな作りのバンドにウンザリしているかを表している。そして、今回のNYライヴも、そのデトロイト時代からのルールに基づいた、Cathartic.(最高の)2時間だった。Stripes Back(帰って来た).Rolling Stone.の記事は、大体そんな感じだった。

 今回の「Icky Thump」について、Jack.はあちこちのインタヴューで、1st Album.に戻ったような感じと答えている。なので、それがこのNYライブにも反映されていたという事だろう。
 White Stripes.みたいなバンドは、ほとんど変わる必要がない。
  というのも、彼らはロックの絶対次元とでも言えるレヴェルの歌を創れるからだ。
 Stones.でも、U2でもそうだが、そのレヴェルに達すれば、時代ごとにちょっとだけスタイルを変化させるだけで、新鮮なものとして受け入れられる。最近、ニューアルバムが世界中で、とんでもヒットを果たした、Avril Lavigne.にもそれが言える。彼女ぐらいになると女性アーティストにつきまとう3枚目のアルバムのジンクスなど、へみたいなもの。日本のロック・メディアは相変わらずマッチョイズムに満ちてて、Avril.をロッカーとして全く認めてないが、20代で彼女以上に世界をロックさせてる存在がいるだろうか?1180943245_4
 
 まぁとにかく、Stripes.もドラスティックな変化がまったく必要のないバンドであり、今回のニューアルバムで「同じ事の繰り返し」みたいなことが言われても、まるで暗い感じはしない。それで、OKなのである。このレヴェルの人たちのロックは、それが1950年に発表されても2050年に発表されても大ヒットし、新たなファンを獲得することが出来る。
 ただ、1st シングルの「Icky Thump」に関して、僕はガッカリしてる。
 Jack.は確かにギターの名手であり、アメリカでは、歌手としてよりも評価されてる感がある。この曲でも、ギターでロック・グルーヴを創ることに専念してるが、僕のような普通のファンにとって、Jack.の最大の魅力はやはり歌だ。歌の中で創るあの独特のロック・グルーヴにこそ惹かれるのだ。ギターでロックさせる人なんかは、星の数ほどいるワケで、Jack.には歌でロックさせてくれる方に専念して欲しい。少なくともシングル・カットの曲においては。
 その意味で、このIcky.は、Yorba.や、Fell in Love’th a girl.や、Denial Twist.なんかには遥かに及ばないものだ。ニューアルバムはまだ聴いてないが、このシングルと同じく全体的にもギターサウンド中心のものなら、まったくの期待はずれ作になるだろう。

P.S.
 僕としては、あのDenial Twist.で見せたマシンガン・リリック、ああいう奇跡のグルーヴを期待している。いわば早口言葉みたいなロック・シンギングで、古くはJohn Lennon.が、「New York City」という歌で、すでにやっている手法だ。Stripes.はそれを10倍速くらいに早めてやってて、何でもカソリック教会での黒人のアドリブ的賛美歌にヒントを得て、始めたそうだ。
 ちなみに、僕はそんな早口・ソングのDenial.を、アルバムのJack.よりも早く、空で歌うことが出来る。それはちょっとした自慢の種だった。しかし、ある日、YouTube.で、そのDenial.を逆立ちして歌う子供のヴィデオを見つけた。そのコは5才くらいのスウェーデンの少女で、笑いながらいともカンタンにDenial.を歌っていた。まったく、世界は広い。■

 

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